Small Message - 2004. 04. 29 Vol.07「説得」

vol.7「説得」

今日、昔からの友人と電話で長々と話をした 気心が知れている人間です
その内容は敢えて書きませんが、話の中で「表現」することを語ってしまいました
自分の中でも懐かしい語りでしたが、その想いは未だにずっと変わっていません
それはどういうテーマを持って表現するかという個人の観念的な話ではなく
どちらかと言うと「モットー」みたいなものです

表現しようとする時、それはかなりその表現者個人の状況が反映されます
当然、プロフェッショナルな現場において、プライベートを持ち込むことは
言語道断ということになりますが、私のように自主的な表現をしている
人間においてこの現象は切っても切れない現実だと思います

経験上、自分の状況が良い時や悪い時、言わば両極端なバイオリズムが働くと
スンナリと脚本が書けました 実際、人間は生きている限り両極端なケースの方が
多いと思います(私の自慢は悪い意味で波乱万丈です ちなみに手相が異質)

でも、私が思う理想の「表現」は「普通」の日常の中で生み出すことです
これは意外に難しいことで、普通の状態の時は無意識のうち時間に流されるので
心の溜まりや想いを吐き出す行為自体に必要性を感じることが少ない
現状に不満だからこそ人にその心を伝えたいと思うし、
生ぬるい幸せがあればあるほど逆に反骨精神が湧き、悪戯に表現がしたくなる・・・
どちらにせよ、私の場合はどうしても社会に立脚したメッセージを
伝えようとするのであまりハッピーな考えを思い描くケースは少ないですが
やはり「普通」の平穏な日常があると表現能力は低下するように思います

だからこそ、その難しい状況の中で表現がしてみたいと思い
現在も挑戦の日々が続くのです(裏を返せば現在は珍しく相対的に平静)

と言うわけで、普通の日常の中での表現
その難しい課題に取り組もうと今、再確認しました。

200404290304 粟島憲郎(Kenrou,Awashima)
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